外国人材と働くためのつながる日本語
業種、職種の日本人社員、外国籍社員と関わる中で、特に外国籍社員の雇用に慣れていない企業の日本人社員の多くが、外国籍社員とのコミュニケーションや彼らのマネジメントについて、想定以上に苦労されているということを各地で痛感しています。
同様に、企業の一部は、外国人材を採用した後、どう定着させればいいのかよく分からないという不安を抱えています。
今回は外国籍社員の育成や研修についてではなく、受け入れ側の(主に日本人の)みなさんに知っておいて頂きたいことについて、ポイントを絞ってお伝えしたいことをまとめます。
外国人材採用に興味がある方はもとより、外国籍社員といい関係が築けず悩んでいる方や、外国人材採用に懐疑的な方などにもお読み頂けると幸いです。
外国人材を採用した際によく起こる問題
まず、外国人材採用を進める企業で起きやすいことについて、ハード面(社内体制や組織)から1点、お話したいことがあります。
外国籍社員定着のキーマンになるうるスタッフのうちの1人は、彼らと日常的にコミュニケーションをとる立場の管理職スタッフなのですが、このような管理職スタッフを取り巻く状況は企業によって様々です。
特に中小企業の場合、最も望ましい社内環境の1つは、外国人材採用を進めていく積極的な意義を明確に他の社内スタッフに発信・共有していることです。
しかし、外国人材採用に慣れていないは往々にして、
外国人材採用の目的の明確化
社内体制の見直し
外国籍社員のキャリアプランの作成
その結果、外国人材の配属先の管理職も、彼らを日本人と同じように扱いがちです。
外国籍社員の管理を指示されたスタッフの置かれた状況について考えると、そもそも忙しい業務の中に、なぜ自分が外国籍社員の面倒を見ないといけないのかと疑問に思っていても、不思議ではありません。
また、外国籍社員のマネジメントは想定外のことが起きやすく、こういった業務経験がない人にとって負担になりがちです。
また人によっては大きなストレスや精神的な負荷がかかります。
そのため、管理職に対する研修やケアも必要です。
しかし、企業側(経営側)に前述の課題に対して意識があるというケースは残念ながら少ないのが一般的で、管理職側の支援は手薄になりやすいという現状があります。
日本人の日本語は実はわかりにくい??
ここまで、企業は外国人材採用に関して、決して現場任せにするのではなく、1つの組織として取り組むべきであるということを示してきました。ここからは、外国籍社員とのコミュニケーション、いわばソフト面から1点、日本人側に意識しておいて頂きたい「日本語」についてご説明したいと思います。
多くの日本人にとって、コミュニケーションで使用する日本語は母語にあたるため、自分の伝え方と、相手への伝わり方の間に生じるギャップについては無意識である方が多いので、私のワークショップや企業研修で必ず扱うことにしているのがこの「日本語」についてです。
一般に、日本語研修というと外国籍社員向けのものがほとんどですが、弊社が企業の外国人にも日本人にも等しく日本語研修を提供しているのは、それが企業の盲点になりがちであるからだけでなく、両者が日本語の特性について学ぶことで、お互いに誤解しやすいポイントや苦労しているポイントが明確になるため、コミュニケーションコストが下がり、様々な問題解決のために双方が歩み寄り協力し合う雰囲気を社内で醸成しやすくなるからでもあります(図1)。
外国籍社員の本音と取り巻く現状
さきほど、企業によっては(外国籍社員を)「日本人と同じように扱いがち」だと申し上げましたが、この言葉には少し注意が必要です。まず前提として、日本企業で働く外国籍社員自身の多くが、社内で特別扱いをしてほしいとは全く思っていません。
その意味で彼らは、自分たちを「他の日本人社員と同じように扱ってほしい」と思っていると、言えなくはないでしょう。しかし一方で、異文化コミュニケーションや外国籍社員のマネジメントについて、特に外国人に慣れていない日本人管理職のみなさんに、少し考えて頂きたいことがあります。
それは、外国籍社員を本当に「日本人と同じように扱って」いいのかということです。確かに外国人は日本人と同じ人間ですし、日本企業の優先する公平性という観点も大切なのですが、同時に両者の間には、文化や宗教、考え方などにおいて、細かな違いが数多く存在するからです。
違いがあるにもかかわらず、「同じように扱う」ということは、違いを無視するということにもなりかねません。
実際に外国人材採用を進めている企業の一部では、企業の規模にかかわらず、外国籍社員を従来の社内体制に同化させることを優先して彼らをマネジメントしていますが、両者の違いを無視することは、お互いのストレスになる上、相互のコミュニケーションもかえって難しくしてしまう恐れがあります。
本当は日本人社員が欲しいものの、それが叶わず、結果として外国籍社員の雇用を進めている企業は特にそうです。
これらの企業は、日本人社員にはない、外国籍社員の特性を活かすことよりも、外国籍社員が日本人のように行動することを求めがちです。
しかし外国人材は決して日本人になりたいわけではありません。両者の間にある違いは違いとして認め、その上で公平に扱って欲しいだけです。
このようなすれ違いが外国人材採用を進める日本企業の労働現場でしばし見られることを踏まえると、両者の関係性を維持するツールである日本語がいかに重要か、みなさんもおわかりのところかと思います。
前編:コミュニケーションストレスを下げる日本語
ここから、日本語について少し考えてみましょう。まず、簡単なクイズです。
気軽に考えてみてください。みなさんはスーパーに行きました。そこで
「甘くないバナナ」
と書かれた商品をみました。ここでいう「甘くないバナナ」とは、どういうバナナでしょう。
意味を考えて、頭の中で、言語化してみてください。なんとなく想像するのではなく、自身の考える言葉の意味を、自分なりの言葉にして頂ければと思います。
さて、おそらくみなさんの答えは、以下の2つのいずれかだったと思います。
あまり甘くないバナナ(果物として売られている、甘さ控えめのバナナ)
全く甘くないバナナ(調理用の食材として売られているバナナ)
この例から、私はみなさんの日本語コミュニケーションに関して、2つのことをお伝えしたいと思います。
まず、そもそもコミュニケーションをとる両者の解釈がどうして異なることになるのか、考えてみたいと思います。
日本語で「甘くない」と言った場合、1、2いずれの意味も解釈として成立します。ですからどちらか一方が正解だということではありません。
しかしこれをお読みの多くの方が、おそらく1を選んだはずです。
なぜでしょう。それは、日本の市場で2があまり売られていないからです。
2は主にアフリカや南米で食されているバナナで、果物として生で食されるのではなく、調理され食されることが多いのですが、日本では一般的ではありません。
こういった背景から、日本では「甘くないバナナ」を、2ではなく1の意味で解釈する人の比率がおそらく高いと言えるわけです。
ここからわかることは、言葉の解釈には、その背景にあたるその国の生活や文化が影響しているということです。
細かいことですが、これらが前述の文化的な「違い」の1つだといえるでしょう。
次にお伝えしたいのは、日本語は言語として文脈依存度が高いという特徴があるため、話し手(主に情報を発信する側の人)と聞き手(主に情報を受信する側の人)のそれぞれが頭の中で考えている言葉の意味が、時として異なることは珍しくないということです。
文脈依存度が高いというのは、その会話の文脈(流れ)によって言葉の意味が変わるということなのですが、話し手が伝えたい意味が明示されなくても日本語の会話としては成立するので、その意味の解釈が、聞き手の解釈に依存しているという意味でもあります。
つまり、日本語は話し手が言葉を尽くさず、たとえあいまいな表現で伝えたとしても、それを受ける聞き手のほうが少ない情報から、意味を想像したり確認したりして補完するということがよくあるのです。
これを言い換えると、話し手が「スーパーで甘くないバナナ買ってきて」と言った時、調理のために使いたいといった、使用用途などの(瑣末なことのようですが、実はとても重要な)情報を伝えてくれない可能性があるということです。
後編:コミュニケーションストレスを下げる日本語
A:「スーパーでバナナ買ってきて。甘くないやつね」
B:「今夜、特別な料理作ってあげるから、駅前のスーパーでバナナ買ってきて。青くて大きい、全然甘くないバナナが売っているから」
Aが文脈依存度の高い表現、Bが文脈依存度の低い表現です。Aが話し手の状況では、聞き手が日本人の場合、2ではなく1の意味で解釈する可能性が高まるので、話し手の目的は達成されず、相手が「あまり甘くないバナナ」すなわち一般的な果物のバナナを買ってくる可能性が高いということでもあります。
日本語の文脈依存度が高いからといって、話し手は何もできないわけではありません。
Aではなく、Bのような伝え方をする、いわば文脈依存度を下げることで、コミュニケーションエラーを防ぎやすくなります。
これが話し手のできることです。
また聞き手にもできることがあります。
相手の指示に違和感を感じたとき、意味がよくわからないと感じたときは、意味がわからないまま行動に移すのではなく、その場で意味を確認してください。
日本人社員が必要なマインドセット
もう一つ、ここで我々が留意しておきたいは話し手の心理です。
話し手が、当然自分の気持ちが相手に通じているだろうと期待して会話を終え、聞き手をスーパーに送り出した場合、聞き手が調理用ではなく一般的なバナナを購入してきたときになって、お互いのコミュニケーションエラーにやっと気づくことになるのですが、その上で、その責任を両者または自分の方には向けず、「なんでこの人は空気が読めないんだろう」「当然わかるであろうことがこの人には通じない。どことなく信頼できない」というように、相手に対してネガティブな感情を抱く人が一定数います。
ではこの話を企業に置き換えると、どうなるでしょう。
日本人上司の指示の日本語自体が相手にとってわかりにくく、期日や目的などの背景情報が抜け落ちている可能性があり、しかも上司はそのことの無自覚である可能性があるのですが、上司はあくまで上の立場で、かつ業務に慣れていることも手伝って、コミュニケーションエラーの責任は、部下がとらされる可能性があります。
このことは、オフィスでコミュニケーションのエラーが起きたとき、「自分の日本語に工夫の余地があった」と考えてくれる上司は少なく、反対に「なぜこの相手は(こんな簡単な)私の指示がわからないのだろうか」と上司が思っている可能性を示唆しています。
コミュニケーションの相手が、日本語の苦手な外国籍社員だった場合も同様です。本稿をお読みのみなさんは、ぜひご自身の日本語が伝わりやすい表現になっているか、相手の視点から点検や見直しをしてみてください。
こうすることは、みなさん自身のストレスを軽減させ、社内コミュニケーションを円滑にし、業務効率を高めることにつながるからです。
まとめ
私は本稿の前半で、相手に同化を求めすぎると、それがかえって自分のストレスとなるということについて触れました。
これまでみてきた通り、「甘くないバナナ」という言葉について、2の「全く甘くないバナナ」と解釈することはできますし、国によって2の解釈は共に極めて自然なのですが、外国人の定着で失敗している現場のトラブルからみえてくることの一つは、2の解釈ができること自体に、強い抵抗感を示す日本人社員が存在するということです。
これは特に、外国人材採用に慣れていない中小企業に多く見られます。こういった方は、インタビューをすると「バナナって言っているんだから、果物に決まっているだろ」という判断を示す傾向があります。ご自身の経験に基づき、自分の判断が正しい、相手が間違っている、自分の価値観が絶対である、と信じている人たちです。
しかし異文化コミュニケーションは、両者に違いがあることをお互いが認めることから始まります。
もし社内にこういうタイプの方がいらっしゃったら、外国籍社員のマネジメント業務に関する研修を提供するか、他のスタッフによる後方支援を検討して頂きたいと思います。
それはこの方のストレスを軽減させるためにも、また外国籍社員が仕事に集中できる職場環境を構築するためにも必要なことです。
最後までお読みのみなさんは、このようなコミュニケーションが、決して外国籍社員とのコミュニケーションに限ったことではなく、日本人同士の日本語コミュニケーションにも通じることだと気づかれたのではないでしょうか。
外国籍社員が働きやすい職場環境は、日本人社員にとっても働きやすい職場環境のはずです。国籍にかかわらず、誰もが働きやすい会社の組織化を、ぜひワンチームで目指して頂ければと思います。
<記事作成者>
内定ブリッジ株式会社
代表取締役 淺海 一郎
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